死刑は避けたいがなくせない
2010/08/27 コメントを残す
死刑の現場(処刑場)が公開された件。
最高裁は「死刑は残虐な刑ではない」と判断している。踏み板のある床1枚を隔てた階下に、重い罪を犯した死刑囚の行き着く果てが…
(引用元: 死刑の刑場、報道機関に初めて公開(読売新聞))
先日、突然の死刑執行でフォーカスされている話題だが、
死刑はできるなら避けたい、しかし、執行せざるを得ない
なぜ、こんな簡単な道理を議論する必要があるのだろうか?
テレビが新聞が伝えるには、死刑をなくせない理由を「遺族や被害者の気持ち」に持って行きたいらしいが、争点は個人の感情ではない。加害者を社会復帰させないために必要なのだ。
ネットが伝えるには、中国の囚人数が「増大予測にある」そうで、当然死刑囚も一定の割合で増加するらしい。そうなった場合、中国は平気で罪人の人口を減らす策をとるだろうと推測されるらしい。
二次大戦後、日本人は意思が弱くなってしまったが、脱線した人間の周囲で情け(情=じょう)を優先してはダメだ。正常に戻せない人間は社会のために減らすべきだろう(私の周りの知識人は全員意見が一致している)。